ニュース&トピックス

病気の話…高齢者と精神症状
判断力の問題(5)
東京保健生協精神科部長・大泉生協病院精神科
中島 昭 医師

拒食症 第34回

身体疾患の鑑別から
148cm、25.2kg、BMIが11.5の80才女性。食思不振、体重低下で先ず疑い鑑別しなければならないのは悪性腫瘍だ。診察、諸検査を行ったが幸いなことに、がんを初め原因となる身体疾患は認められなかった。

身体疾患が全て除外された後に精神疾患の鑑別となる。この方の心身の状態は、神経性食欲不振症(拒食症)と同じである。しかし、何故ここまで強い症状が持続し25kgという体重低下が起きたのか、大変不思議だった。また、身体疾患が原因で体重低下となったのではなくても、一般にBMIが13、あるいは標準体重の70%以下では重篤な身体合併症を併発する事が知られている。致命的にならずによくもちこたえてこられたと初診時に思った。

合併症は多数ある。基礎的な身体機能低下としては、脱水、低血圧、除脈、低血糖、肝機能障害、電解質異常が広く見られる。循環器関連では、不整脈、除脈、QT延長症候群、心不全。80才であり、感染症、敗血症のリスクは非常に高い。食事量によりリフィーディング症候群。突然死のリスクも高い。

家族の心情
家族はやせ細っていく姿や様々な身体症状を見ること自体に、或いは精神症状に巻き込まれることで、不安となり疲れ切っていることが多い。同伴した娘さんはとても落ち着いていた。そのことが、同居して母の症状をそばで見てきた長い歴史を感じさせた。これまでに内科、精神科など受診を重ねたが、10年間、回復の方向ではなく40kg代の体重が25kgまで低下していくのを受けとめてきた歴史である。

その後の経過
医療者にとっては、治療の歴史のどの時点でその患者さんを診るかは偶然である。25kgとなった時に初めて診た私はいくつかの疑問と驚きを覚えたのだが、どう対応していくかが私の課題である。25kgが折り返し地点となり回復していくのか、25kgは通過点でさらに20kgの方向に向かうのか。これ以上低体重の方に向かえば、不可逆的な身体機能低下、或いは感染症を初めとする身体合併症併発で衰弱は止められない。回復の目安となる30kgの方向に向かうのか。

これまで致命的とならなかったのは、約20kg低下、元の体重の約半分となるのが10年間であった事が要因である。短期間、急激な体重低下のほうが突然死や重篤な身体合併症併発となりやすい。長期間の場合は、変化に適応しようと人の身体が自然調節する可能性が高くなる。

約1年後、この方は32kg、BMIは14.6となった。148cmの標準体重48kgの70%、33.7kgとはなっていないが、回復の目安の30kgはなんとか維持できるようになった。結果から見ると25kgは折り返し地点となった。

この方には、10年間の経過の中で、近隣の者に嫌がらせをされているという被害関係妄想が認められている。精神科からみれば軽度の妄想症状である。10年前まで明らかな精神症状はなかったので、妄想があり低体重となったのか、低体重の中で妄想が生じやすくなったのか判断に迷うケースである。

治療は、本人と家族への心理教育・精神療法と薬物治療。薬剤はスルピリド30mg、ジプレキサ(非定型抗精神病薬)3mgと少量の向精神薬と胃腸保護薬。薬剤は、被害妄想とせん妄に有効であり、体重増加、胃腸保護作用があるものとした。

回復した要因は薬剤の効果もあるが、娘さんが長年の経過の中、冷静に症状を受けとめてきたこと、25kgを底あるいは境として本人の身体回復力が認められた事だと考えられる。