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鬼子母神診療所から…在宅看取り
「乳がんにて闘病中、最後はホスピスを希望していましたが友人のメールを契機に自宅にて最後を迎えた独身女性のお話」編
鬼子母神診療所
所長 高岡 和彦 

生協組合員の皆様お元気ですか?秋には、「食欲の秋」・「運動の秋」・「勉強の秋」・「旅行の秋」と色々な秋がありますが皆様の秋を十分満喫されましたでしょうか?「在宅看取り」のお話も13回目になりますが、「もう飽きた」と言わず暫しお付き合いをお願い致します。
今回の主人公は、48歳の独身女性です。東京の大学を卒業後、大手広告代理店に勤務しバリバリ仕事をこなしていました。40歳の時に区の乳がん検診で右乳がんを発見されました。治療と仕事を両立しながら闘病生活が始まりました。45歳で骨への転移が指摘され放射線治療を行いました。田舎の両親は大学時代に逝去し一人で闘病を継続していました。昨年からは、肺・肝臓への再発転移がおこりました。主治医から、終末期医療におけるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)のお話がありました。自分らしく生きる事とは何かを自問自答する日々が続きました。何となく最後はホスピスかなと考えていたある日、学生時代の友人からメールが届きました。「乳がんの母を自宅で看取った事」「母の希望を尊重して良かった事」「有意義な終末期を迎える事が出来た事」が書かれていました。
可能な範囲で仕事を行いつつ、在宅医療を継続し最後は自宅で迎える事が出来ないか、会社の上司と主治医に相談しました。理解のある会社からはOKが出ました。主治医は、24時間対応できる在宅訪問診療医を紹介してもらいました。全身状態が悪化しベッドでの生活も長くなりました。介護保険を導入し訪問看護師さん・ヘルパーさん・ケアマネジャーさんが生活を支えてくれました。会社の同僚や大学時代の友人もお見舞いに来てくれました。35歳の時に買った思い出の詰まった2LDKのマンションで安心して療養する事が出来ました。目を閉じれば乳がんになる前の楽しかった事、頑張った事、辛かった事、別れた彼氏の事などが走馬灯のように瞼によみがえりました。
その後、少しずつ衰弱し食事も食べなくなり意識も低下してきましたが、苦痛は認めませんでした。10月初めの日曜日の午後、ケアマネジャー・介護スタッフ・訪問看護師が看守る中、静かに旅立たれました。そのお顔は非常に安らかに微笑んでいるようでした。「終末期を在宅で迎えたいと思う患者」に対して多くのスタッフがそれぞれの専門的立場から濃厚に関わる事で安心して「在宅でのお迎え」が出来ると思います。一人で悩み、抱え込まないで皆で問題点を共有して解決する事が「多職種連携・チーム医療」だと思います。安心してご相談ください。